エネルギーであるミミズが、視えるようになってしまいました。
しかし、寝ている時の夢や直感という形でかなり
助けてもらっているし、導いていただいています。
しかし「すずめの戸締り」の内容がいろいろわたし
が体験していることとリンクして「わかる」感覚でした。
想を、自分の出来事と比較しながら書きたいと思います。
鈴芽と草太の出会い
草太と出会ったとき、鈴芽はなにかを思い出しましたよね。
必ずしもそれは恋愛ではなく、ビジネスパートナーかもしれません。
真逆ですごく嫌な人かもしれないけど、覚醒に必要な人かもしれません。
でも放っておけない、助けないといけない。
違和感がありました。そのとき
突き動かされる感覚
鈴芽が突然、家に連絡もきちんとしないで、
突き動かされるように草太と猫の「ダイジン」を
追いかける旅を始めますね。
きっといつもの鈴芽じゃ、ありえない行動だったのではないかなと思いました。
実際、わたしがそうでした。
突き動かされるように、動き回っていた時がありました。
相手を助けるために。
しかし動きながら、もう一人のわたしは
「なんでこんなことしてるんだろう?」
「でもこの感覚には従った方がいい気がする」
そんなことを思っていました。
今思えばリスクが高い面もあったと思います。
そのリスクを実際、頭では気になってもいました。
でもこの、体が使われている感覚みたいなのを
無視する方が、リスクが高い気もして・・・。
ジャッジをなくして、魂が思うままに動いてみよう。
そんな感じでした。
正直、このはじめての感覚がなんなのか。
その正体が知りたくてしょうがなかったのもあります。
そしてもうひとつ。
この人と出会い、自分の過去の棚卸が始まりました。
思い出したくない、封じ込めた過去の出来事。
なんであぶりだされなきゃならないの?
そういう苦しみも続きました。
助けるための思考
相手を助けるために、何ができるのか。
自分に考えられること・できることを、やり尽くしたと思っています。
(これがわたしは後の人生に意味があったとわかりました)
やり尽くしたからなのか、前触れなく別れがきました。
まるっきり心がついていきません。
処理できない・・・
草太が要石になってしまって、ひとりで頑張る鈴芽と同じような状況ですね。
この時間がいちばん人生には大事なんだと、今なら理解できます。
ソウルメイトとの出会い
鈴芽は、旅の中でいろんな人に助けられますね。
スナックのママの、ルミ。
民宿の、千果。
草太の友達の芹澤くん。
わたしは、完全に守護に導かれたな、と思える
ソウルメイトなのかな?という3人出会いました。
1人目
1人目は、まだコミュニティで魂の修行中だったころ。
「はい、この人に会ってきて」と差し出された感じで知った人です。
わたしが当時、霊障のようなものに苦しんでいた頃に出会いました。
自分の守りを強くするための勉強が始まりました。
2人目
2人目は、わたしが一生懸命助けていた人に突然
目の前から消えられて、完全に消化不良だったとき。
苦しすぎて、その答えを「視える方」に求めました。
この方に
・鈴芽でいう草太のような存在の、わたしが出会った人はなんだったのか。
・わたしは今後何をすればいいのか。
答えは、わたしがいたコミュニティは
「使命に向かうための、最後の修行の場だった」
「その人は、わたしのそこでの修行が終わったから消えただけ。気にしなくていい」
ということでした。
やはりある意味、運命の相手だったようです。
その人がいなければ、わたしはこの「視える方」
にお会いしようとも思いませんでしたから。
また、守護霊さまがわたしに言いたいこと、
やってほしいことも教えてもらいました。
子どものころから、なんとなくそんな気がしていた・・・
鈴芽でいう、思い出せないようなあの夢の人。
あの感覚、あのとき見たあれは?
そういうのが、わたしにもあります。
それが、思い過ごしではなかったんだ。
ということが、この時はっきりとわかりました。
3人目
3人目は、自分がやらなければいけないことがわかったとき。
「はい、次はこの人ね」という感じで、ポンとネットで出てきました。
そんなドンピシャで「その人にお世話にならない理由が一切ない」ことってある?
という出会いでした。
ひとつ行動し、ひとつ理解すると、ご丁寧に次を差し出される感覚。
わたしが混乱しないように、ひとつひとつ。
無理のないように。
本当にそんな感じで、出会いがあり、その人たちはみな
わたしを導き、指導してくれるような方たち。
映画の「ダイジン」がこっちだよ~という感じです。
わたしも、その流れに従って今も動いています。
過去のトラウマと対峙
鈴芽は、お母さんを亡くしたときの幼い自分と
対峙します。
これが本当に大事なんですよね。
わたしもすっかり忘れていた子どもの頃の記憶が
蘇って苦しみました。
そんなことが昇華されずに残っていたの?
と気づいていなかったトラウマが出てきたのです。
親に心配かけたくなくて。
泣かずに、吐き出さずに。
心にフタをしていたことでした。
それだけはわかりました。
そしてこれに気づいたとき。
出会ってきた、大嫌いな人や急に消えた人。
その人たちは、わたしの本音を引き出してくれる相手でした。
本当はわたしはどうしたいのか。
どう生きたいのか、なにがしたくないのか。
それがわかったとき。
出会ってくれて、いやな役目を引き受けてくれてありがとう。
気づかせてくれてありがとう。
そう、心から感謝の気持ちが生まれました。
閉じ師と巫女の役目
わたしがコミュニティ内での魂の修行を終えて、そこを離れてから。
見たいYouTubeがすっかり変わりました。
というか、もうひとりの自分が
「なぜそれを見ているの?」と感じてもいました。
とにかく知りたい!が強くなったのです。
それは前世が巫女さんだった方や、神事をしている方たちの動画です。
そういった方の話を動画で聞いてきたからか。
草太のようなことをされているのかな?と思ったんですよね。
祈りで地震を抑えるとか。
大難を小難になるように、力のある方たちで何かしている感じです。
そこに本当にそのお役目がある人ではないのに
手を出そうとしている人がいたみたいで。
「命を落とすからやめて!」
と警告されていました。
ますます草太の役割とかぶるなと。
「すずめの戸締り」はアニメとはいえ。
視える人からすれば、現実に近いのではないかな。
そう思えました。
どう生きるか
この映画を観て。
じゃあどうすればいいの?と考えました。
鈴芽は、看護師の勉強を始めましたね。
わたし自身、やるべきことはわかっています。
やり始めています。でも煮詰まってもいます。
そして気づきました。
ひたすらに、「助けていたとき」のことを。
あの時、こうすればいい、ああすればいいと考えたこと。
それが今、煮詰まっている自分に対しての答えです。
あのとき相手の立場なら、と「必死で考えた」経験
は、のちの自分に必要になるからだったのかもしれません。
あのとき考えたことを、今の自分に置き換えたら。
全然やり尽くしていません。
まだまだやることはありました。
すべてはつながっていたんだなと、納得しましたね。
また、あのときは自己犠牲的な部分が強かったです。
でも全然報われなくて。
悲しいですよね。そしてやっと気づいたのです。
自分を押し殺すような、自己犠牲的な生き方は
もうしたくない、しない。
自分を雑に扱っていたと思います。
もちろん当時はそんなこと、思いもしませんけどね。
それからというもの。
積極的に自分から動かずに、やってくる出来事
に対処する方が、うまくいくようになりました。
映画でダイジンが鈴芽を振りまわすように。
導かれるままに、対応した動きをするほうが
今はいい気がしています。
なぜなら新しく出会った人も、出合った出来事も。
すべて自分が想像すらできないことばかりだったから。
まとめ
「すずめの戸締り」鈴芽の時間の流れが過去の自分とリンクした
・運命の人と出会うと、覚醒する人もいる。
・突き動かされる感情は、魂が反応しているのではないか。
・自分のトラウマと対峙して乗り越えるまでに、ソウルメイトに出会い助けられるかも。
・自分のトラウマを解消すると、今までの苦しい出来事や嫌な人に感謝が生まれる。
・本当は自分はどう生きたい?何がしたくない?本音をごまかす生き方はやめよう。
自分がつらい出来事を乗り越えながら考えてきたこと。
乗り越えたタイミングで映画を観たので、よく理解できました。
そして見終えてTVの録画を終わらせたら、時間が「1:11」でした。
偶然とも思えないな~と最後まで感じました。
今、覚醒する人が増えているそうです。
人生の棚卸をさせられている人も、たくさんいるかもしれませんね。
つらいけれど、やりきってほしいです。
以上、ゆいほがお伝えしました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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